Concept Factory

WISDOM DETAILED INFORMATION  ニューロサイエンス(脳科学)の知識 

ニューロサイエンス(脳科学)の様々な発見の中でも、 1)意識下で外界情報に注意を向けるサリエンスネットワーク、2)脳は受動的に外界情報を処理するのではなく、 すでに脳にある概念を使って外界情報を予測すること、 3)ベイズ統計学と同様で、脳は予測エラーを判定して既存の概念を日々更新していること、 4)脳が予測に使う概念は具現化されたマルチセンサリー概念であること、 5)脳は報酬価値に基づいて選択・意思決定をしていることなどは、マーケティングにおいても大切な発見です。
製品属性、そしてパッケージや広告などブランドイメージを構築する要素を開発する時に、 ニューロサイエンス(脳科学)の発見を考慮する必要があります。 なぜなら、何に注意を向けるか、どう知覚するか、どう意味づけるか、どう判断するかは、全て脳が決めているからです。

マーケティングに重要と思われるニューロサイエンス(脳科学)の発見を簡単にご説明します。
1)脳はネットワークで機能する 以前は脳のどの部位がどんな機能を実施するかが論議されていたが、 昨今は1つの部位が様々な機能を果たし、様々な部位が広大なネットワークを構築して、注意、認知、知覚、記憶、分析、 意志決定がされていることが明らかにされている。脳科学者がコンセンサスに至っている有名なネットワークが、 サリエンスネットワーク、デフォルトモードネットワーク、ワーキングメモリーネットワークである。 その他のネットワークの発見に関しても、現在多くの脳科学者によって研究が続けられている。 リサ・バレットは、2017年に出版された著書"How Emotins Are Made"の中で、 体内受容感覚ネットワーク(interoceptive network)を紹介している。

どんなネットワークが、生活者に注意・知覚・記憶・選択・決定を促しているのか、 様々なニューロンのネットワークがどのように相互作用するのかを理解しておくことは、ブランドコンセプト開発に有利である。
2)サリエンス
ネットワーク
前帯状回皮質と島皮質前部を中心に、視床背内側部や海馬傍回、扁桃体や腹側線条体や脳幹からなる サリエンスネットワークは、意識下において、①目立つもの ②ニーズが強いもの ③報酬価値の高いものに注意を向けさせる。
しかし、注意を向けたものの中で、前頭前野背外側部を中心としたワーキングメモリーネットワークに短期記憶として残され、 その後の高次の処理へ進められるものは一部である。

マーケティング活動で最初のステップとして大切なのは、数多い商品やサービスの中で、 いかに生活者の注意を獲得するかである。
モノや情報が溢れている昨今においては、注目を得ることはなおさら大切である。
ただ目立つだけでは、注目されても、記憶されても、意志決定プロセスには進めない。
報酬価値の高いもの(ニーズが強いものも報酬価値が高い)だけが、高次の脳の認知プロセスへ進むことができる。
「誰のどういった時に発生するどんなニーズを充足させるのか」「誰のどういった報酬価値に訴求するのか」を、 ブランドコンセプト開発時に明確にしなければならない。 人々の報酬価値は時代と共に変化するため、トレンド情報から人々が希求している本質を常に把握しておくことが大切である。
3)デフォルト
モードネットワーク
デフォルトモードネットワークは、後帯状皮質、楔前部、前頭前野腹内側部、角回を中心とする。 何も考えていない状態であっても常時活発に動いているネットワークであり、過去を思い出す、未来を想像する、自考する、他人に共感する、 他人の考えを推測する、社会のモラルを考えるといった、人の心を司る。 サリエンスネットワークからワーキングメモリー(短期記憶)に入った情報が、デフォルトモードネットワークの内省により分析される。 前頭前野腹内側部と眼窩前頭皮質は、報酬価値と意志決定に密接に関係する。

デフォルトモードネットワークは、マーケティングの意志決定プロセスのブラックボックスと言える。 エンドユーザーの過去の蓄積体験から得られた知恵、価値観、パーソナリティ、過去のエピソード記憶、未来の予測などが複雑に絡み合う。
過去のインサイト調査の経験から、好ましい未来が想像できて好ましい体内受容感覚が得られると購入意向が高まることがわかっている。 将来のシミュレーションから得られた感情が、眼窩前頭皮質を活性化するという脳科学の研究結果もある。
報酬価値の高い未来をいかに想像してもらえるのかという視点が、コンセプト開発において重要となる。
4)予測脳&
ベイズ統計理論
かつては、情報は感覚野から高次機能へとボトムアップで伝達されると思われていた。
現在、脳は外部情報を受動するのではなく、能動的に予測することが明確になった。

私たちが「見えた」と意識できるのは、前頭前野のニューロンが激しく活動を始め、広域なネットワークをつくり、 そのネットワークが一次視覚皮質(V1)に届いた時であることを、スタニスラス・ドゥアンヌ達が発見した。 私たちが「見える」と意識できるまで少なくとも1/3秒かかる。

リサ・バレットは、脳は、入ってくる情報の断片から「それが何か」という概念を予測して、 一次感覚野に限らず体内受容感覚野(フィーリングや感情)にも、予測コードを送ることを明瞭に説明している。 彼女の細胞学的見知からの仮説では、脳の概念を使った予測コードは、体内受容感覚ネットワーク(interoceptive network)からマルチセンサリー統合野へ、そこからそれぞれの感覚統合野へ、最終的にそれぞれの感覚の一次感覚野へとトップダウンする。 その時の気分によって考え方が異なることからも、予測に使われる脳内コンセプトが体内受容感覚の影響を受けることには納得がいく。

脳の予測が、一次感覚野情報と誤差がある場合は、予測が修正され、脳の内部蓄積データである概念が更新されていく。 更新方法は、一次感覚野に入ってきた情報の信頼性の度合いと、過去の蓄積データの信頼性の度合いが考慮されるベイズ統計理論に基づいていると言われている。

私たちがモノを知覚する時に、過去から蓄積されている脳内コンセプトを使うことは、脳科学で明らかになっている。
生活者が、商品やサービスやパッケージデザインを知覚する時に、どのような脳内コンセプトが使われるのかを、コンセプト開発時に想定しておく必要がある。
5)シチュエーション別の具現化概念
 (シチュエイテッド・エンボディド・コンセプチュアリゼーション)
ベイズ統計のような方法を使って予測する脳は、視覚あるいは聴覚だけといった特定感覚の情報のみを予測するわけではない。 予測する脳は、5つの感覚領域、運動野、および体内受容感覚情報も含めた情報を一次感覚野へ送る。
つまり予測に使われるのは「具現化された概念」である。「投げる」という文字を読んだ時に、投げることをシミュレーションしている脳の運動野も活性化される。
どの概念が使われるかは一定ではなく、シチュエーションによって異なる。どんな背景か、 その時の気分はどうかといった状況によって脳が予測する具現化概念は変わる。
具現化概念(embodied concept)や状況別の概念(situated conceptualization)に関しては、ローレンス・バーサルー(Lawrence Barsalou)の文献を一読するのがよい。

生活者が、商品、パッケージデザイン、ブランド、広告に接した時に、どのように具現化された概念や、 状況による概念を使うかを事前に推測することが、マーケティングには重要である。
5つの感覚野、運動野、体内受容感覚野(フィーリングと感情)の内、どこを使った具現化概念が体験されるのかを、事前に推測しておく必要がある。
 さらに、「状況」の要素を考慮する必要がある。状況は生活者の使用・購入状況や気分だけでない。 パッケージデザインや広告が醸し出すイメージもシチュエーションである。
シチュエーションによって具現化概念が変わることをも考慮しなければならない。

<< 前のページに戻る